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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)2678号 判決 1986年5月29日

控訴人(原告) 田原迫寛治

右訴訟代理人弁護士 米丸和實

被控訴人(被告) 新日本リサーチ株式会社

右代表者代表取締役 濱井章

被控訴人(被告) 濱井章

主文

一、原判決中被控訴人新日本リサーチ株式会社に関する部分を次の括弧内のとおり変更する。

「1. 被控訴人新日本リサーチ株式会社は、控訴人に対し六五〇万円及びこれに対する昭和五九年一〇月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 控訴人の被控訴人新日本リサーチ株式会社に対するその余の請求を棄却する。」

二、控訴人の被控訴人濱井章に対する本件控訴を棄却する。

但し、控訴人の請求の減縮により、原判決主文一項中被控訴人濱井章に関する部分は次の括弧内のとおり変更された。「被控訴人濱井章は、控訴人に対し被控訴人新日本リサーチ株式会社と連帯して五五二万円及びこれに対する昭和五九年一〇月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」

三、訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

四、この判決主文一項括弧内1は仮に執行することができる。

事実

一、控訴代理人は、「1 原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。2 被控訴人らは、控訴人に対し各自原審認容額のほか、一六八万円及び内金九八万円に対する昭和五九年一〇月一二日から、内金七〇万円に対する被控訴人新日本リサーチ株式会社については昭和六〇年四月二三日から、被控訴人濱井章については同年四月二二日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。

二、当事者双方の主張は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決の事実摘示(原判決事実及び理由欄第二)と同一であるから、その記載を引用する。

1. 原判決二枚目裏五行目「被告らは共謀して」を「被控訴人濱井章は、被控訴人新日本リサーチ株式会社(以下「被控訴会社」という。)の代表取締役であるが、被控訴会社の職務を行うについて」と改める。

2. 控訴人の主張

(一)  被控訴人濱井章は、被控訴会社の代表取締役としてその職務を行うについて本件不法行為に及んだから、被控訴会社は、控訴人に対し商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項、七〇九条により控訴人が被った損害を賠償する義務がある。被控訴人濱井章は、個人としても、民法七〇九条により、控訴人に対し控訴人が被った損害を賠償する義務がある。

(二)  原判決は、原審において被控訴人らが控訴人の主張事実について自白したにすぎないとして、控訴人の本訴請求中損害金五〇二万円及び弁護士費用五〇万円並びにこれらに対する遅延損害金のみを認容し、その余の請求を排斥した。しかし、右判断は法令の適用を誤ったものである。

被控訴人らは、昭和六〇年五月三〇日午前一〇時の原審第一回口頭弁論期日において控訴人の主張事実をすべて認める旨の陳述をし、その後控訴人の請求にかかる損害金合計七二〇万円について分割払をしたい旨を申し出たうえ、同年六月二一日午前一一時の和解期日においても右分割払を申し出たが、結局和解は不成立となった。右のような経過からすれば、被控訴人らの右陳述は、控訴人の本訴請求を認諾したもので、単に控訴人の主張事実を自白したものではないと解すべきであるから、原判決は控訴人の請求全部を認容すべきであった。

(三)  仮に被控訴人らの右陳述が裁判上の自白であるにすぎないとしても、被控訴人らは、前記のとおり控訴人の主張事実をすべて認める旨の陳述をしたので、右慰藉料請求の原因となる事実、すなわち控訴人が被控訴人らの本件不法行為により精神上の苦痛を受けたという事実を認めたことになる。しかるに、原判決は、右当事者間に争いのない事実を裁判の基礎とせず、控訴人の慰藉料請求を排斥しており、右原審の判断は弁論主義に違反し、法令の解釈適用を誤ったものというべきである。

(四)  仮に原判決が控訴人の慰藉料請求を認容しなかったことが弁論主義に違背しないとしても、原裁判所が控訴人の慰藉料請求について証拠調をしなかったのは、釈明権の行使を怠り、審理不尽の違法を犯したものである。

被控訴人らの本件不法行為は、悪徳業者が被害者に対し嘘八百を並べたてて金員を騙取したものであり、被害者である控訴人は甚大な精神上の苦痛を被ったから、原裁判所においては控訴人の慰藉料請求を排斥する場合には、控訴人に対しこの点に関する立証を促すべく、適切な釈明権を行使して審理をすべきであった。

(五)  仮に控訴人の慰藉料請求が認められないとすれば、控訴人は、被控訴会社に対する予備的請求原因として、次のとおり主張する。

被控訴会社は、昭和五九年九月一二日控訴人との間で、(1) 被控訴会社は、控訴人に対し控訴人が被控訴会社に送金した株式買付代金合計七〇二万円から被控訴会社が返還を了した二〇〇万円を控除した残額五〇二万円及びこれに対する遅延損害金九八万円、以上合計六〇〇万円を支払うこと、(2) 弁済方法は、昭和五九年一〇月一一日に五〇万円、昭和五九年一〇月から昭和六〇年一月まで毎月末日限り(但し、昭和五九年一二月は二八日限り)一か月一〇〇万円ずつ、昭和六〇年二月二八日に一五〇万円を支払うものとすること、(3) 被控訴会社が右分割金の支払を一回でも怠ったときは期限の利益を失い、一括支払うことを約した。

しかるに、被控訴会社は、昭和五九年一〇月一一日に支払うべき分割金の支払を怠ったので、同日の経過により右六〇〇万円の支払について期限の利益を失った。

よって、控訴人は、予備的に被控訴会社に対し右約定金六〇〇万円のうち遅延損害金に相当する部分九八万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五九年一〇月一二日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(六)  控訴人は、被控訴人らに対し、原審で認容された損害金五〇二万円及び弁護士費用五〇万円に対する年五分の割合による遅延損害金請求の起算日を本件不法行為後の昭和五九年一〇月一二日とすることとし、その限度で請求の減縮をする。

控訴人は、被控訴人らに対する弁護士費用七〇万円(原審で棄却された分)に対する年五分の割合による遅延損害金請求の起算日を本件訴状送達の日(被控訴会社について昭和六〇年四月二三日、被控訴人濱井章について同年四月二二日)とする。

3. 証拠<省略>

理由

一、控訴人は、被控訴人らが控訴人の本件不法行為に基づく請求全部を認諾した旨主張するが、本件記録によれば、被控訴人らは、昭和六〇年五月三〇日午前一〇時の原審第一回口頭弁論期日において、控訴人が訴状を陳述したのに対し、請求棄却の判決を求め、請求原因事実は全て認める旨の答弁をしたこと、認諾調書は作成されていないことが認められるのであり、右事実によれば、被控訴人らは、控訴人の請求を認諾したものではなく、控訴人の請求原因事実を自白したにすぎないものというべきである。

仮に本件において控訴人主張のとおり被控訴人らが控訴人の請求にかかる七二〇万円全額について分割支払の申出をしたとしても、右事実はなんら前記認定を左右するものではない。

二、原判決事実摘示控訴人の請求1、2の事実は、当事者間に争いがない。

三、そこで、控訴人の被った損害について判断する。

1. 前記事実によれば、被控訴会社代表取締役である被控訴人濱井章はその職務を行うについて故意に控訴人から控訴人所有の金員七〇二万円を騙取して控訴人に同額の損害を被らせたのであるから、被控訴会社は商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項、七〇九条により控訴人に対し右七〇二万円から返還を了した二〇〇万円を控除した残額五〇二万円を賠償する義務があり、また、被控訴人濱井章も、民法七〇九条により、控訴人に対し右五〇二万円を賠償する義務がある。

2. 控訴人は、本件不法行為により精神上の損害を被ったから、被控訴人らは各自その慰藉料として控訴人に対し九八万円を支払う義務がある旨主張する。

一般に、財産権の侵害に基づく不法行為を原因とする損害賠償請求においては、たとえ不法行為により被害者が精神上の損害を被ったとしても、右損害は財産上の損害が賠償されることにより同時に慰藉されるものと考えるべきであるから、財産権の侵害に基づく精神上の損害の賠償を請求するためには、単に財産上の損害の賠償のみでは償いえない程の甚大な精神上の苦痛を被ったと認めるべき特段の事情がなければならないものと解すべきところ、前記事実によれば、控訴人が被控訴会社代表者である被控訴人濱井章の不法行為により財産上の損害が賠償されたのみでは償いえない程の甚大な精神上の苦痛を被ったと認めるべき特段の事情があるとはいえず、他に右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

控訴人は、被控訴人らが前記のとおり控訴人の主張事実をすべて認める旨の陳述をしたので、右慰藉料請求の原因となる精神的苦痛を認めたことになるから、弁論主義の適用上、控訴人の慰藉料請求を認容すべきである旨主張するが、しかし、記録によれば、被控訴人らは控訴人に精神的苦痛の生じた事実を認めただけであって、右苦痛が財産上の損害賠償以外に慰藉料の支払を要するほどの甚だしい苦痛であることを自白した趣旨であるとは認められず、控訴人の被った精神的苦痛が財産上の損害の賠償によって慰藉されるものであるかどうかは法律判断の領域に属する事柄であるから、原判決が弁論主義に違反したものということはできない。

控訴人は、原裁判所が控訴人の慰藉料請求について証拠調をしなかったのは釈明権の行使を怠り審理不尽の違法を犯したものである旨主張するが、前記理由により原裁判所が控訴人主張の証拠調をしなかったからといって、直ちに釈明権の行使を怠り審理不尽の違法を犯したものということはできない。

よって、控訴人の被控訴人らに対する慰藉料請求は、理由がない。

3. 控訴人は、本件不法行為による損害賠償請求のため弁護士費用一二〇万円を要し、同額の損害を被った旨主張する。

弁論の全趣旨によれば、控訴人は、その訴訟代理人弁護士米丸和實に対し本件訴訟の提起及び追行を委任し、報酬として相当額を支払う旨を約したことが認められるところ、本件事案の内容、請求認容額、その他本件に現われた一切の事情を勘案すれば、第一、二審を通じ右弁護士費用のうち五〇万円が本件不法行為と相当因果関係のある損害であると認めるのが相当である。

よって、被控訴人らに対し各自弁護士費用の損害賠償として一二〇万円の支払を求める控訴人の請求は、原審が認容した五〇万円の限度で理由があるが、その余は理由がない。

四、次に、控訴人の被控訴会社に対する予備的主張について判断する。

弁論の全趣旨及びこれにより成立を認める甲第一号証によれば、被控訴会社は、昭和五九年九月一二日控訴人との間で、(1) 被控訴会社は、控訴人に対し控訴人が被控訴会社に送金した株式買付代金合計七〇二万円から被控訴会社が返還を了した二〇〇万円を控除した残額五〇二万円にこれに対する同日までの遅延損害金九八万円を付加して合計六〇〇万円を支払うこと、(2) 弁済方法は、昭和五九年一〇月一一日に五〇万円、昭和五九年一〇月から昭和六〇年一月まで毎月末日限り(但し、昭和五九年一二月は二八日限り)一か月一〇〇万円ずつ、昭和六〇年二月二八日に一五〇万円を支払うものとすること、(4) 被控訴会社が右分割金の支払を一回でも怠ったときは期限の利益を失い一括支払うことを約したこと、しかるに、被控訴会社は、昭和五九年一〇月一一日に支払うべき分割金の支払をしなかったので、同日の経過により右六〇〇万円の支払について期限の利益を失ったことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、被控訴会社は、右約定に基づき、控訴人に対し遅延損害金九八万円及びこれに対する昭和五九年一〇月一二日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

五、そうすると、控訴人の本訴請求は、被控訴人らに対し各自前記三1の損害金五〇二万円、同3の弁護士費用五〇万円、以上合計五五二万円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和五九年一〇月一二日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、また、被控訴会社に対し右金員のほか前記四の約定遅延損害金元本九八万円及びこれに対する昭和五九年一〇月一二日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容すべきであるが、その余の部分は失当として棄却すべきである。

よって、原判決中被控訴会社に関する部分のうち右と異なる部分は不当であり、控訴人の本件控訴は一部理由があるから、原判決中被控訴会社に関する部分を主文一項括弧内のとおり変更し、原判決中被控訴人濱井章に関する部分に対する本件控訴は理由がないからこれを棄却し、但し、控訴人の請求の減縮により原判決主文一項中被控訴人濱井章に関する部分は本判決主文二項但書のとおり変更されたので、その旨を明らかにし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川添萬夫 裁判官 佐藤榮一 関野杜滋子)

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